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2003年5月31日 (土)

サーズ?

 「中野区でサーズ発生」という情報があったのは26日でした。結論は疑い例にもあたらないということでほっとしました。

 区内の病院の外来に、感染地から帰国し発熱した方が受診にきました。病院はすぐ中野保健所に連絡しました。保健所は東京都保健局と相談し疑い例にもあたらないと判断し、区長には報告しませんでした。病院には血液検査とレントゲン検査をするようにアドバイスしました。しかし、病院は受け止めきれないと、区外の専門病院に患者さんを搬送しました。それで、「発生か」という情報になったものです。ほんとうだったらと思うとゾ~とします。

 今日現在で日本での疑い例は51件だそうです。サーズの情報は厚生労働省のホームページで詳しくみることができます。その中から一部を転載します。

「 疑い例 」の外来での管理

1. SARS(渡航歴、発熱、呼吸器症状)を心配されている患者には、すみやかに受け付けなどに申し出てもらう。マスク(外科用)を着用してもらい、出来るだけ他の患者と接触しないような隔離室・個室等の場所に誘導する。
3. (1)発熱、(2)咳又は呼吸困難感、(3)伝播確認地域への発症前10日以内の旅行歴又は居住歴があるか確認する。
4. 上記3点をみたす「疑い例」であると考えられた場合にはすみやかに胸部レントゲン撮影、血球検査(CBC)など、可能な迅速診断法を行う。

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2003年5月29日 (木)

臨時議会

 27、28日と二日間にわたった議長等の人事を決める臨時議会。今回は初めて自民党が割れ、事実上二人の立候補者が出ての争いとなった。
 14人の自由民主党議員団から7人が飛び出し「Tokyo自民党中野区議団」を結成。残った7人と民社クラブの2人がいっしょになって「自由民主党・民社クラブ議員団」を結成。それぞれが議長候補を出した。略称「自民・民社議員団」からは山崎議員、「T自民区議団」からは市川議員。それぞれが会派を回って抱負を述べた。立候補者が、なぜ議長になりたいかを述べてまわったのははじめてのこと。その後いろいろな話し合いに時間をかけた末、本会議で投票。結果、山崎芳夫21票、市川みのる18票、江田とおる1票、無効票2票で、山崎議員が議長に選ばれた。副議長はやながわ妙子37票、岩永しほ子3票、無効票2票で、やながわ議員が副議長に。
 ポスト決めの基本は点数制。議員一人が5点の持ち点。議長は40点。副議長が35点。監査委員が15点。委員長が10点。副委員長が5点。議長などは大会派から選ばれることになる。
 翌日は、所属委員会と委員長などのポスト決め。議会運営協議会に参加できない私たち(服部、佐藤)は、各会派が決まったあとの空いている委員会にしか所属できない。ポストも残ってないし。
 私は、区民委員会と中野駅周辺整備・警察大学等跡地利用特別委員会に所属することになる。がんばらなきゃ。

 その後、6時半から9時まで文化スポーツ公社職員の横領事件について、全員協議会が開かれる。責任感が感じられない公社幹部の答弁。なぜこのような不祥事が起こったのか、どう改善するのか、はっきりとした答弁が出てこない。6月半ばに答を出すそうだ。

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2003年5月26日 (月)

議会に異変が

 今日、議会に異変が起こりました。自民党議員団が二つに割れたのです。すでに会派の部屋も決まり、これからは所属委員会を決めようとしている矢先にです。14人の自民党議員のうち7人の議員が新しく「Tokyo自民党」という会派を作り、残り7人の自民党議員団に民社クラブの2人の議員が入り9人の議員団ができました。そして、会派を作っていなかった3人の無所属の議員が「無所属の会」という会派をつくりました。
  
 三人以上の会派が議会運営委員会に入れますから、議会運営委員会に所属していない会派は私と服部さんでつくっている「市民自治」だけになりました。数の力でいくと、一番弱小になってしまったのかなあ。議会の中では、厳しい状態となることも予想されます。中身でがんばります。

 あしたは議長などを決める臨時議会です。

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職員の意識改革

 中野区文化・スポーツ振興公社に派遣されていた区の職員が、体育館の使用料の一部を横領したことが発覚し、中野区から告発され5月20日逮捕されました。

 昨日の区報に田中区長のお詫び文が載りました。一昨年度以前8年間にわたって、前神山区長の時代におきていた不祥事です。今後警察の捜査で明らかになると思いますが、横領額は2千万円にのぼるのではないかと言われています。まったくとんでもないことです。組織としてこれを長年許してきた公社も中野区もたるんだ状態になっていたということです。

 田中区政はまさにその体質を変えようとしてきました。区民サービスを第一に考える職員の意識改革に取り組んできました。でもまだまだです。区民の視点から考える目標作り、縦割り組織から脱皮しフラットな組織にしていくことなど、内部の改革にさらに取り組んでいるようです。区民の目からなかなか見えない改革ですが、今回のような事件が起きると、職員の意識改革が、公平で透明な行政を作るための基本であること痛感します。

 
 

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2003年5月23日 (金)

子どもへの虐待を防止するために

 昨日は「子どもの虐待シンポジウム」に参加しました。会場のなかのゼロ小ホールは民生委員や学校、保育園関係者がたくさんいらっしゃっているのでしょうか、いっぱいでした。虐待に対する関心が高くなってきています。

 児童相談所、小児科医、民生委員、学校長と関係者から報告がありました。事例としても多いネグレクト、いわゆる育児放棄がかなり問題だと思いました。子どもを育てられなくなっている親が多くなっているようです。それだけに社会的支援をどのようにすればいいのか考えなければなりません。

 シンポジウムのパネラーの一人が学校長に問いかけました。「子ども達に虐待とは何かについて教えているでしょうか。それがあれば子ども達が虐待されていることSOSできる力がつくのではないでしょうか。」学校長は答えました。「他の学校のことは知らない。文部省の学習指導要領の中に入っていないので我が校では取り組んでいない。PTAが家庭教育学級でCAPの講座を行なったことはある。」学校はもっと子ども達のためにがんばってほしいと思いました。もちろん私たちも。

 皆さんからいただいた選挙の感想の一部をHPにアップしました。まだ疲れがとれないのか体調はおもわしくありませんが、皆さんの期待を力にしてがんばります。ありがとうございました。

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2003年5月22日 (木)

古い資料から

 議会の部屋割りが決まりました。いままでの市民自治フォーラムの控室の三分の一が倉庫になり、のこりが服部さんと私の控室「市民自治」のお部屋になります。

 さっそく昨日引越しがはじまりごたごたはじめました。私は12年間ためこんだ資料を捨てる作業をしています。今まで捨てられずたくさんためてしまったさまざまな資料。結局、ほとんど見ることもなく眠ったままでしたので、思い切って捨てることにしました。この12年間関わってきたさまざまな区民の活動の資料もあります。ここで捨てたらもうどこにもなくなるでしょう。だから、捨てられなかったものです。こんなこともやっていたんだなあ。あんなこともやっていたんだなあ。読み出すと片づけがすすみません。

 学校へのコンピューター導入に区民として反対運動をしていたのは15年ほど前でしょうか。ワープロも使わない私の手書きのチラシが出てきました。ホームページにパソコンを使って日記を書いている私の姿は想像もできない時代でした。公園で行なわれていた巡回保育の廃止反対運動の資料も出てきました。巡回保育で育った親たちはほんとうに元気でした。

 昨日の夜、ハンセン病患者の不屈の生涯を描いた、結純子ひとり芝居「地面の底がぬけたんです」実行委員会を中野でつくりました。10月24日夜にゼロ小ホールで行ないますので、ぜひ予定しておいてください。期せずして、実行委員会に集まったメンバーは巡回保育でがんばっていた親が多かったです。親たちもしっかり育ってきました。

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2003年5月20日 (火)

図書館の民間委託

 昨日は図書館の問題を考える集会に調布市まで行った。知り合いに行ってみたらと言われて参加したが、自治労の主催だった。都下の自治体の状況の報告などがあった。

 23区は図書館の運営を非常勤職員の導入から、さらに民間委託の方向へ切り替えがすすめられようとしている。NPO委託を実施している自治体もある。中野区の図書館も民間委託の方向性が出されている。

 その中、中野区では三月末に図書館と学校栄養士と保育園の非常勤職員の廃止の方針が政策会議で出された。先をどうするのかの議論を後回しにして、非常勤職員の廃止を打ち出すのは本末転倒。区民にとってのサービスのあり方をどう改善するのか議論をしっかりすべきだと思う。

 久しぶりの電車の遠出に弱っている足が疲れた。調布駅もエレベーターもエスカレーターもない。車椅子では気軽に外出できないなといろいろなところで感じる。

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2003年5月19日 (月)

プライバシー保護だいじょうぶ?

 土曜日は「住基ネット」の学習会に参加した。8月の本格稼動と住基カード導入を控えて、どのような問題点があるのか、各専門家からお話をうかがう。全国から地方議員が参加している。朝から夕方までたっぷり勉強した。

 国会で個人情報保護法が通りそうだが、解消されていない問題がたくさんあることがわかった。これではプライバシーが守れない。国会議員はもっとプライバシー保護について議論して欲しい。

 国は便利さばかりをどんどんPRしている。ハンバーガー屋さんのトレーにひく紙に住基ネットの広告があることにはびっくりした。若い層のプライバシーに対する抵抗感を、便利さのPRでなくしてしまおうという戦術なのか。中野区が住基ネットから離脱した時、意外に若い方達から良くやったという賛同の言葉をたくさんいただいたものね。

 今度、問題点を紹介したいと思います。

 足はよくなってきています。風邪はまだぬけませんが。

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2003年5月16日 (金)

障害者の雇用促進

 昨日、弥生町にあるサンクステンプという会社に見学に行った。またの名を身体障害者雇用促進研究所という株式会社だ。

 社員32名のうち障害を持つ人は27名という、社員の90%が障害者という特例子会社。視覚障害の人も、聴覚障害の人も、知的障害の人もパソコンを使ったりして仕事をしていた。障害者雇用支援部門で人材紹介、職業紹介もやっている。登録者は約200人。半年で仕事のマッチング件数が30件ほど。「障害者の働く場を広げる」民間の力強い動きだ。

 今日、基本構想づくりのメールマガジンが中野区から届いた。申し込みは中野区のホームページからできる。私のホームページのリンクでみてね。

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2003年5月15日 (木)

高齢化、住まいはどうする?

 おっかなそうに自転車をこいで、けがしてから初めての遠出。江古田の方の閑静な住宅街に8階建てのワンルームマンションの建築計画がもちあがり、近くにお住まいの方から相談を受けた。

 その土地は、もとは一戸建ての大きなお家で、お年寄りが一人で住んでいたという。そして、マンション業者に売られてしまった。まわりを見渡せば、そういうお家が多い。江古田も高齢化がすすみ、お年寄りだけで暮らしているお家が増えた。いずれそのお家も売られることになるかもしれない。そして、マンションになるかもしれない。いや、自分達もいずれそうなる。子ども達は出て行き、夫婦だけになって、いずれは一人になるかもしれない。そうなった時、どうするだろう。一戸建ての我が家を売って、ケア付マンションに入るかもしれない。ということは、一人で住めなくなった土地に、環境に配慮した低層のケアハウスを建てるという案はどうだろうという話にもなった。

 少子高齢化がすすむ中での街のあり方、住まい方を考える時にきている。マンション業者もこれからは、福祉マンションづくりに力を注いでほしいと思った。

 夜はヘルパー派遣の仕事づくりについて、何人かの人と意見交換。

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2003年5月14日 (水)

8000突破

 カウンターが8000を突破しました。たくさんの方々に見ていただきありがとうございます。

 足が少し直ってきたと思ったら、今度は風邪をひきました。のどが痛く、鼻がぐじゅぐじゅ、くしゃみがでるし。マスクをして歩いていますが、熱はありませんので、サーズではありません。どうも、まだまだ、体調はよくないようです。

 ゆっくり休めればいいのですが、そうもいきません。選挙で留守にしていた間に、区役所にはたくさんの問題がたまっていました。支援費制度の導入もうまくいっていないようです。さあ、動かなければ。中野区はまだまだ人の力を生かせていない。

 5月27日に臨時議会が開かれ、そこで議長等の役職や所属委員会が決まります。それまでの間、会派の代表者による代表者会が何回も開かれて、部屋割りや役職などの打ち合わせがされます。

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2003年5月11日 (日)

勉強を

 議員が選挙で忙しくしていた間に、中野区行政は自らの改革策に取り組みはじめたらしい。なんと早朝7時半から一時間の勉強会を、区長以下全部課長で始めたという。「経営戦略塾」と名づけて、月1回開くという。
 先月末は区民部長が講師となって、福岡市の先進的な取り組み「福岡DNAどんたく」の視察報告をしたそうだ。
 私たち議員もがんばらなければ。

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2003年5月10日 (土)

初顔合わせ

 昨日、この度の選挙で当選した議員の初顔合わせがありました。若い新人が多く(特に自民党に)、それなりに新しい雰囲気です。

 自民党議員団は前回より1人増えて14人、公明党議員団は前回と同じ9人。共産党議員団は1人減って8人。前回私といっしょの市民自治フォーラムだった民主党推薦の佐伯さんと、民主党公認の平島さんは、元民社党だった無所属の藤本さんと自由党新人の酒井さんと民主クラブ議員団。元民社党だった柿沼さんと小串さんは民社クラブ議員団。

 私は服部幸子さんと「市民自治」という会派を作りました。

 議会運営委員会のメンバーになれるのは3人の会派からですから、2人でグループをつくってなんの得になるのと言われそうですが。後藤幸子さんも生活者ネットの候補者も落選し、いっしょに市民自治を目指して議論することができる議員が今のところいません。

 人数は少ないですが、数の力に負けないで、政策が議論できるチームとして、議会の中に新たな風穴をあけていきたいと思います。

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2003年5月 5日 (月)

これからに向けて静かに

 足の腫れがようやく引き、足首を曲げたり伸ばしたり、リハビリにせいを出しています。

 区長選挙前から、この2年間ほど、区政を変えようとずっと全力疾走してきました。なんかどっと疲れてしまったようで、連休は、どこにも出ず、家で寝たり起きたりの生活です。

 12年間ためたままにしていた、資料整理も少しずつはじめていますが、読んでしまうのでなかなかすすみません。しばらく資料整理と次のステップに向けての蓄積に、静かに励みたいと思います。

 今日の朝日新聞に、「ダウンサイジングにっぽんー少子高齢社会の衝撃」というタイトルで連載の記事がはじまりました。わたしが選挙のテーマで訴えてきたことと重なります。

 「始まる人口減その先はー」「忍び寄る年金カット」「縮む需要、経営の前提崩壊」などの小見出しが並んでいました。その中で、24時間安心できる社会保障のしくみをどう作るのか、これからの大きな課題です。しっかり取り組みたいと思います。

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