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2005年1月30日 (日)

風邪と共存?

 しばらく日記をお休みしてしまってすみません。
 私のパソコンがうさぎだより作りのためフル稼働していたせいもあります。やっと完成して、土曜日印刷所に入れたところです。1週間くらい後お届けできると思います。

 また、ただいま風邪と共存状態です。鼻ぐしゅぐしゅ、咳コンコンの状態ながら、今のところ元気に活動しています。先週3日続けての街頭演説がこたえたのかなー。でも、そんな柔ではいけないのですが。服部さんと「市民自治の風を」2号を配布しています。市民自治のHPでも見ることができます。

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2005年1月24日 (月)

コミュニティ・デザイン

 土曜日は、野村生涯教育センター東京支部の新年懇談会に参加しました。乾杯のあいさつをさせていただき、その場をお借りしてある告白をさせていただきました。その日のテーマ「グローバル社会における家庭とは家族とは」に関連する告白?だったと思いますが、その内容はここではないしょです。参加されている方はほとんどが女性です。家庭の中で様々な悩みを持ちながら生活しています。その悩みを吐露しながら、個としての生き方を発見していくのが、この野村生涯教育センターの良さです。「議員の方は政治的なあいさつをされる方がほとんどなのに、自分のプライベートな事を話されて、感動いたしました。」と何人かの方から感想をいただき、ちょっと型破りな乾杯のあいさつも良かったかなーと思いました。

 午後は、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科の公開フォーラム「コミュニティ・デザイナー・プロジェクト」に参加しました。学生はもとより赤ちゃんを連れた若い女性、白髪交じりの男性と老若男女、熱気あふれるフォーラムでした。具体的な事例を基にしたプレゼンテーション、いろいろな事例報告は大変参考になりました。コミュニティをデザインしていくNPOの力、人材の必要性をあらためて感じました。

 夜は江ノ島での虹と緑関東の議員の宿泊合宿。切符の買い方がわからなかった私の失敗談が二次会の席を沸かせました。「佐藤さんとてもしっかりしているように見えたけど、ちょっと抜けたところもあるのですねー。」ええ、それが、私の魅力です。

 日曜日は朝から寝不足の目をこすりながら、一日学習会でした。
 藤沢市のNPOの高齢者グループリビングの取り組みの報告は、大変参考になりました。もう10年も前からの取り組みで「COCO湘南台」は7年目になるそうです。一昨年はもう1ヶ所増えました。全国では100か所位に広がっているそうです。NPOと地主さんの共同の取り組みを行政はちょっと後押し。市民グループやNPOが具体的な場づくりを展開している街はこれからの時代の場づくりも行なってきているのだなーと感じた2日間でした。

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2005年1月21日 (金)

基本構想素案意見交換会始まる

 昨年末、基本構想の素案が出され、2月下旬から始まる議会に議案として提案する前の、最後の区民意見の募集が行なわれています。
 意見交換会も各地域センターで今週から始まっており、19日は東部地域センターでの意見交換会に行ってきました。区長や各部長が出席し、この日は主に子育て分野を中心に意見交換が行なわれていました。昨年何回も行なわれた意見交換会で意見を言ってきた人達の参加はあまりなく、今まで参加していなかった新しい人達が参加していました。いろいろな意見があるものです。私立幼稚園の若い職員の方々が参加されていたのが印象的でした。

 これからの意見交換会の日程です。まだ、行っていない方はお近くの地域センターに行ってみませんか。

1月21日(金) 午後7~9時 昭和地域センター
1月22日(土) 午後2~4時 商工会館
1月24日(月) 午後7~9時 江古田地域センター
1月25日(火) 午後7~9時 上高田地域センター
1月26日(水) 午後2~4時 弥生地域センター
         午後7~9時 東中野地域センター
1月27日(木) 午後2~4時 新井地域センター 
         午後7~9時 南中野地域センター
1月28日(金) 午後7~9時 大和地域センター
1月31日(月) 午後2~4時 沼袋地域センター
         午後7~9時 上鷺宮地域センター

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2005年1月18日 (火)

震度7体験

 昨日、区役所1階ロビーで震災パネル展をやっていました。すすめられるままに起振車に乗ってみました。震度7の体験はすごかったです。頭がふらふらになりました。区内の専門診断士による家屋の無料耐震診断の相談会も行なわれています。21日までだそうです。

 来年度予算原案の内示の説明を受けました。昨年から各部長たちがずらりと並んで説明します。大きい会派はいいけれど、市民自治のように2人だと、圧倒されてしまいます。市民自治からは特に今回予算要望もしなかったので、事業部制での予算編成を終えての各部長の感想、厳しい財政状況の中での起債や基金の見通しなどについて、質問しました。各会派から月末に復活要望を受けて、予算案が編成される予定です。

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2005年1月16日 (日)

阪神・淡路大震災から10年

 明日は阪神・淡路大震災から10年を迎えます。10年前の朝のテレビに映った神戸の街の信じられない映像に、あわてて大阪の実家に電話しました。全く電話が通じず、交通機関も止まって行く事もできず、泣きたいような気持ちでテレビの映像を見ていた記憶がよみがえります。幸い堺市の実家は無事でした。

 しばらくして神戸の街に行きました。黒焦げに焼け落ちた家々。街は焼け野原で地震というより空襲にあったようでした。公園のテントで暮らす障害者の方達の所を訪問しました。「行政は何もしてくれへん。やるのは自分らや。」と言われた言葉が胸に突き刺さっています。私の行政に対する向かい方を作った言葉です。障害当事者や介護者達が被災地障害者センターを発足させ、カンパを集め基金もつくりました。私もたくさんカンパをしました。障害者の地域生活を支える活動は今でも続いています。
 私が育った豊中市にも行きました。ひしめき合って建っている小さな家やアパートが崩れ落ちていました。ショックでした。

 それから度々、実家を拠点に、仮設住宅などへボランティアで入らせていただきました。そんなこんなが思い出されます。

 今日、中野区役所で「防災まちづくりシンポジウム」があり、聞きにいきました。

 今、東京で大地震がおきたら、多分私は生きてないかもしれないなと思います。もうすでに傾いている古い家に住んでいますから、すぐ崩れてしまって圧死の可能性が大きいでしょう。もし、生きていたら近所の人たち、知り合いの人たちがどうなっているか、見に行ったり、連絡を取ったり、助けに行ったりするでしょう。介護が必要で動けない人はどうするのでしょうか。あれこれ考えはつきません。

 帰り、ぼーとして歩いていたのでしょうか。買い物してレジの前で気がつきました。持っていたはずのお財布や携帯電話が入ったバックがありません。急いで区役所に戻りましたがありません。また、お店に戻ってたずねると、届いていました。私のバックが。肩から気がつかないうちにずり落ちたようです。「お客さま、運がいいですね。いい人が届けてくださって。」と係りの人に言われました。まったく自分の危機管理ができていませんね。

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2005年1月14日 (金)

創業支援

 12日は区民委員会だった。
 産業振興、創業支援は区民委員会の担当。委員会の最後の報告で、「空き店舗活用事業」への応募が少ないので、回りの方にお声かけしてくださいというお願いだった。5件募集にまだ3件しか応募がないそうだ。でも締め切りが今日。募集を始めた12月に、すでに昨年の7月から12月の間に商店街の空き店舗で創業していることが条件。「これでは、PRの仕方が遅いのではないか。空き店舗を使って創業する事業者、NPOを支援しますよと1年前くらいからPRしておく必要がある。」と前回の区民委員会でも質問したのだが。やはり。
 「中野区は空き店舗活用事業をやっています。年末に募集しますから、考えておいてください。」と1年前から呼びかけておくと、そのつもりで空き店舗を探したりするのではないかしら。

 2月に4回にわたって行なう「なかの創業セミナー」の報告もあった。なかなか内容が興味深い。

 夜、参加した異業種交流会Dネットの新年会で、なかの創業セミナーのパンフレットを配った。「夢を実現するために」というタイトルと絵もステキだったせいか、皆さん受け取ってくれた。仕事も商売も厳しい折。どんどん仕事を開拓していくことが求められるが、創業は大変なことだと思う。ノウハウの支援が必要だ。なかの創業支援セミナーの問い合わせと申込みは、2月4日までに中野区産業振興分野創業支援担当へ。中小企業診断士による創業支援相談もやっている。

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2005年1月12日 (水)

成人式

  10日は中野サンプラザで新成人のつどいが行なわれました。今年は舞台に近い席にロープが張られ入れないようになっていました。昨年の成人のつどいで前の席に座った男子新成人たちが、舞台で演技する女子中高生をからかって泣かせてしまった事件がありました。再び同じようなことが起きないようにする防御策なのでしょう。 
 新成人の実行委員会が企画したつどいは新成人を主役に引き立てていました。プログラム最後の「青年の主張」では、どんな主張なのかと最後まで聞いてしまいました。3人の新成人が大ホールで堂々と聞かせる話しをするのにはびっくりしました。

 自分の成人式の時には私は反抗期?でふるさとの成人式に出席しませんでした。なのに今頃出席しているのよーと、その夜会った、同郷の友人に話すと、同じように反抗して成人式なんか出ていないだろうと思っていた友人が「私は実家に帰って成人式に晴れ着を着て出たわよー。」30年過ぎての告白?に、まじめに反抗していたのは私だけだったの?
 いっしょに東京に来て、様々な社会活動に誘ってくれたこの友人の影響は私の人生にとって大きいものがあります。

 成人の集いの青年の主張で、友人の大切さを話していた青年がいました。そのとおりだと思います。

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2005年1月 8日 (土)

バリアフリー対応型信号機

 「うさぎだより」の障害者雇用の私の議会質問を読んで、中野区内の会社で働く方から、昨年お電話をいただきました。「さまざまな障害を持つ人たちが働いている会社に勤めているが、障害者が働くためには安全に通勤できる街づくりが必要ではないか。中野新橋駅から会社まで視覚障害の人が交差点をわたる時に、いつも危ない思いをしている。音の出る装置を信号機につけてほしい。また、駅前の段差で車椅子で駅に入れない。歩道が斜めになっていて車椅子での通行が危ない。」ということです。

 昨年末、現地をいっしょに歩いてみました。調べてみると、中野坂上や鍋横など大きな交差点も視覚障害者対応の信号機(白い箱の押しボタンがついていて、押すと鳥の声等が流れる装置がある信号機)になっていないのです。

 年明けに中野区の担当課と中野警察の担当者に相談しました。信号機設置は警察の仕事だそうです。中野警察管内で視覚障害者対応になっている信号は、たった9か所でした。保健所などの公共施設があるところの信号機には優先的につけるが、東京都の予算も限られているので、すべての信号につけることはできないと警察の担当者から説明を受けました。必要性が認められる理由があれば上申書を中野警察から警視庁に出すので、当事者の方々からの要望書を出してほしいということでした。

 車椅子が車道にすべっていってしまう斜めの歩道といい、街は障害者が歩くのに危険がいっぱいです。だれもが働き活動できる街にすることが必要だとあらためて感じました。

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2005年1月 6日 (木)

50代前半、うさぎ年

 昨日はなつかしい大学時代の寮の友人達と昼食会。心は学生に戻って、おしゃべりに花が咲きました。ほんの数年の付き合いでしたが、寮の友情は濃いものだとあらためて感じました。
 その後、近くに住む友人のお宅におじゃまし、東京タワーや夕映えの富士山が一望できる絶景を堪能しました。こんなセレブなお宅に住む人は…。お連れ合いのお仕事を聞いて「えっ!あの人が」と驚きましたが、ここでは内緒です。
 50代前半、うさぎ年。社会や体制に対する変革を求め文句を言っていた学生時代から、社会や体制を動かす側に立ち、これまでの時代の責任とこれからの世代に対する責任を背負う世代に私たちはなりました。さまざまな改革は私たちの世代の踏ん張りにかかっているといっても、過言ではないなと思いました。

 夜は中野に戻って、学生時代後に出合った友人達を迎えて、久しぶりの飲み会でした。

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2005年1月 4日 (火)

新年賀詞交歓会

 今日から気持ちも新たに、区役所へ新年初出勤。
 区役所7階で行なわれた新年賀詞交歓会は今年は会場に入りきらないほどの人でいっぱいだった。区長のあいさつがマイクの不調でよく聞き取れなかったりで、「おもてなし」をスローガンにしているのだから、区民の方々に気持ちよく会場に入っていただけるように誘導したり、来ていただいた方々への配慮をきちんとするべきだと思った。でも、いろいろな方々とのしばしの歓談から、得るものは大きかった。

 終ってからも、いろいろな方々が市民自治の小さな控室を訪れてくださった。今年も新しい中野をめざして頑張る元気が出た。

 明日は、六本木で大学時代の寮の友人達と同窓会です。

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2005年1月 2日 (日)

今年もよろしくお願いします

あけましておめでとうございます。
今日、郷里の大阪から戻ってきました。

大阪よりも東京の雪の方がよく降ったようですね。路肩や公園に雪が残っています。

スマトラ沖地震の大津波による死者はもう15万人を越えたそうです。帰りの新幹線のテロップに流れていました。タイのプーケット島は昨秋、娘が行ったばかりで他人事とは思えません。日曜のせいか、お正月のせいかお正月特別番組ばかりでテレビのニュースの時間ががあまりないのが困ります。

今年はいい年でありますように。

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