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2005年5月30日 (月)

ちょっと元気がありません

 24日に行なわれた、議長などを決める臨時議会は、時計の針が深夜を回り翌日の午前2時ごろに終わりました。2年前に2つの会派に分かれた自民党が1ヶ月以内にまた一つの会派になることを前提に、議長にはTOKYO自民党の高橋さんが初の女性議長に、副議長には公明党の江口さんがなりました。私は何も役職がありませんが、希望の総務委員会になんとか入ることができました。

 その後、咳はますますひどくなり頭痛もひどく体調は悪化。薬を飲んでなんとかしのいでいたのですが、26日の大学院のゼミの途中気持ち悪くなり、ほうほうのていで家にたどり着きダウン。翌日27日は、私が企画している、国会議員会館での地方自治体議員の「障害者自立支援法」についての勉強会。なんとか起きて出かけました。尾上浩二さんの講演は問題点がよくわかりました。その後の厚生労働省の説明は「財源は自治体ががんばって確保してもらうことになる。」とのこと。財源の移譲がない中で自治体は福祉サービスの責任を背負うことになります。

 28日は谷戸小学校の運動会。家に帰ってきたら、恩師の訃報。大学を卒業後八年間仕事をさせていただいた育友会教育研究所。その所長の宮下次男さんは私にとって、ほんとうに先生と呼べる人でした。「私塾にこそ教育の本道がある」という教育の理想の姿、人としての生き方など大切なことを学びました。この数年お会いしていませんでした。会ってお話ししたかった、悔やまれて悔やまれて涙が止まりませんでした。

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2005年5月21日 (土)

原稿書きの日々

 5月17日、18日と多治見市と豊田市に視察に行ってきました。横須賀市、川崎市、葉山町の議員と服部さんと5人で、策定されたばかりの多治見市総合計画などについて学んできました。懇親会では多治見市長の他、2人の部長さんをはじめとする6人の多治見市の職員の方々と、市政運営の苦労やこれからの行政のあり方について意見交換することができ、たいへん有意義でした。

 やっと「うさぎだより」ができあがり、今日、印刷屋に入れることができました。来週、後半には皆様にお届けできると思います。

 このところ、原稿書きの日々が続いていました。はりきって大学院の講義をとりすぎたせいか、レポーターとして発表の日々が重なっていました。うさぎだよりの原稿書きの他、レポート漬けになっていました。福祉社会のあり方、組織のあり方のゼミなど、どれも今の私にとって大事なことばかりです。あーそういうことだったのかと、論理や理論や知識が、乾いた頭にしみとおるようです。こんなに学ぶことが楽しかったなんて。

 睡眠不足がたたったのか、すっかり風邪をひいてしまい、ゴホゴホ咳が止まらない状態です。いつも飲まない薬を飲んでなんとかしのいでいます。

 来週、23日は議長等議員の役職を決めるための臨時議会があります。


 

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2005年5月15日 (日)

中野駅周辺まちづくり計画が示される

 5月9日の中野駅周辺まちづくり特別委員会は、深夜をまたぎ翌日午前2時頃まで延びた。3月末に新規付託となった陳情の陳情者からの補足説明を聞き、陳情者に対する質疑、区に対する質疑、資料に対する質疑、計画案に対する質疑など、共産党委員がかわるがわる長時間質問をおこなった。陳情は保留。
 その後、パブリックコメント手続の結果の報告。334人から意見があった。そのうち杉並区民からが126人。緑豊かな防災公園やユニバーサルデザインのまちづくり等いろいろ意見が出された。資料にはそれぞれの意見に対して、区の考え方が書かれている。
 広域避難場所に関しては「警察大学跡地中央に、1.5haの防災公園を中心に土や緑を大事にした3~4haのまとまったオープンスペースを確保し、約10.5haの避難有効面積を確保する。」とのこと。
 その後、「中野駅周辺まちづくり計画」の報告がされた。この2年近くの議論の中で、当初の叩き台から変わってきたのは防災公園が明記されたこと。今回示された計画ではさらに、パブリックコメントでの緑や防災に関する強い意見を受けて、オープンスペースを緑地空間とし、環境・防災上の機能を発揮するものとしての位置づけが明記された。
 一貫して変わらなかったのは民間開発を主軸とすること。税金投入を最小限に抑えたまちづくりを、次世代に負担を残さないために行なうことは必要な考え方だと思う。次世代のために官・民が連携して、土と緑のオープンスペースを広く確保する責務がある。
 今後、土地利用の基本方針や地区計画を、土地の持ち主である財務省等と協議し定めていくことになる。環境や防災に配慮されたまちづくりとなるよう、さらに厳しいチェックが必要だ。

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2005年5月 8日 (日)

ゆっくりが いい

 尼崎の列車事故は多くの人々の命を奪いました。私が尼崎市に行った日に最後の人が搬出されました。遠くに見えるブルーシート、あまりの事故の悲惨さに言葉もありませんでした。

 何が事故の原因だったのか、人の問題、管理の問題、組織の問題、あとから後から、人や組織がひどくたるんでいる実態が出てきます。暗澹たる思いです。

 尼崎市で「首長を支える自治体議員の役割とは?」がテーマの意見交換会で中野区の取り組みを報告しました。その後、3日間ほど堺市の実家で、ちょっと体調をくずした親のため、ゆっくり親孝行。

 5月4日、5日は久しぶりの友人達に誘われて、わたらせ渓谷鉄道に乗って、群馬県東村の富弘美術館に行きました。中野からずーと行きも帰りも、各駅停車でゆっくり、ことこと行きました。でも、おしゃべりに花が咲いていたので、あっというまに着いたという感じでした。

 富弘美術館はこの4月にリニューアルオープンしたばかりです。星野富弘さんのすてきな花の詩画がたくさん展示されています。星野さんは中学校の体育の先生でしたが、指導中に事故で首から下が動かなくなりました。絶望の淵から、口に筆をくわえて詩や絵をかきはじめました。そのやさしい言葉と暖かな絵には感動させられます。

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